カンボジアからラオスへ
陸路の旅
KOUDA YUJI

2000714

2000 714 から12日日間旅行の一部です。
2000 716 プノンペンから空路でトゥントゥレン に到着。ストゥントゥレン〜バイタクで ?HOTEL(この町で一番良いHOTELらしい)隣に ロイヤルカンホボジュ航空のチケット販売店があった。
*
当日 HOTELの近くで「ラオスに行きたい。」と男性に言ったところ、明日朝一の船でラオスの確か コン?10ドルで 行けると男性は言う。 私は「時間がないので今日行きたい。」と言ったところ、バイタクを捕まえ一緒に行く事になった。
大きなメコン川を船で反対側迄バイクを乗せて行き、そこから長旅の始まりです。 ラオス迄は迷うことなく、1直線の道路です。しかし問題が有ります。最初はまあまあ良いのですが、後は半端でない悪路の連発。 車とバイクの走った跡はあったが良く通ったと関心するほどでした。 道路の途中は狭い所も有り、ここは絶対四輪車は通行不可能です。 後はジャングル()の中をひたすら走るだけです。 もちろん悪路です。 ウサギ?良く分からない動物も見ました。でもここは、まぎれもなく幹線道路です。 なぜなら、道路の左側数キロおきに小さい墓石の様な物が有り、多分クメール語で現在地と、道路名称が書かれていると思う。 (バイタクの運転手も良く見ていた)
ストゥン トゥレン --->80KM位行くと、やっと人と出会った。道路の工事をしており、ブルトーザーが側道に落ち大騒ぎをしていました。 バイタクの運転手に工事現場の人間と何でもいいかから話してみろと言い、ラオス迄あとどれくらいか聞いてもらった。* カンボジア側かラオス側か、自分で心配になった。運転手もここに来るのは初めてと言っていたし、多分何か話して通じれば カンボジア側だと思いました。
それから悪路が続き 遠くに白い遮断機が見え国境が見え やっと国境にたどりつきました。国境にカンボジアの旗とラオスの旗が立っているストゥントゥレン〜国境まで 100KM位。4時間弱です。問題はここからです。国境には一応イミグレーションが有りカンボジア人が2人いました。ラオス人はいませんでした。 したがって、ラオス側に行くのは.自由???。 それよりもっと重要なのは、ストゥントゥレンに4時間悪路で帰るか、.多分夜のジャングルになると思い、イミグレーションに1泊、ラオスに行くと言う選択が有りました。 そこで思い切ってラオスに行くことになりました。
国境の道路がラオス側のほうが整備されている感じがしました。何とかなると考え パスポー無しのカンボジア人とビザ無しの日本人がラオスに入りました。国境では万が一戻る可能性が有るのでスタンプ無しで通過しました。それよりラオス側でカンボジアビザが取れるかもっと心配でした。ラオスに入り悪路だがカンボジアほど悪路でない道を進むこと、50KM位地点に集落の様な人家が有り。英語、クメール語の全然通じない人に声をかけてみた。まっすぐ行くと ムアン?コン??良く分かりませんが、そこに出るらしい 取りあえず走ると、大きな川にあたる メコン川だ。川の向こう側には人がいそうな感じがしました。ここで泊りしかないと思い、集落の人に泊めてもらいました。お金はとりませんでした。変わりに リックの中 お菓子(センベイ)あげたら大喜びしていました。食事もだしてくました。(良く分かりませんが麺の??食べ物)

朝起き、カンボジアに戻る事にしました。小さい船が泊まっていて カンボジア人が「ストゥントゥレンに行きたい。」と行ったら「OK」と言ってくれ、川岸のラオスのイミグレまで連れていってくれました。(バイクを乗せて)
ふときずくと、忘れていることがあった。「カンボジア人にパスポート、日本人にビザ。」イミグレーション(小屋)でカンボジア人が事情を説明し、ラオス側に10ドル、カンボジア側に10ドルで出国手続き完了。そこから船でストゥントゥレンに行き1泊カンボジア人とお別れストゥントゥレン朝7:00 コンホ゜ンチャム行きで(10ドル)途中、違う船と乗り換え乗継も有る。でも、コンポンチャム10ドルでコンポンチャムまで行き、乗合 5ドルでプノンペンに帰りました。帰り車の中で歯が痛くなり病院に行き治療 5ドルでした

プノンペン===>(空路)直行便===>ウタバオ(パタヤ)に行きました。「静養の為」

感想 「キツスギル。ハンパデワナイ。」 これしか感想は有りません。

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