I Wish You were Here.
On The Road

Ariel

タイ、カンボディアからインド


Email #4, Bombayから Jan12, 1998

前回からの続き -
Sikkim への道:

ハラハラするような山道をSikkim に向かう道中にはおびただしい数の看板がある - ほとんどのものは運転注意を促す標語で、「帰りましょう。ニッコリお家へ、五体満足。」とか、「遅れて行っても、逝った人になるな。」、はたまた「トンでもない運転、トンだ噂の種!」というようなのが、たまにはデタラメ格言やら、「良しも悪しきも思いのまま」などというシェークアスピアの引用などと一緒にちらばっていた。

Gangkok -
宿
Modern Central Lodge に泊まった。- 40ルピーで大部屋宿舎
みどころ:
The Sikkim Research Institute Tibetology にはなかなか良い像や興味深い彫刻の所蔵がある。前国王 Tashi Namgyalの小像(Sikkim は1975年にインドに併合されるまでは独自の領土を持っていた。)もある。軍事勲章やメダルに装われた国王は、サングラスをかけ、片手には聖書を持っていて、ライフル銃を携えた2人の近衛兵に守られている。伝統的な幸運の象徴を模した紋章・・・。

Pelling 情報
次にまたもジープで2,3時間の西への旅、
Pelling へは Pwmayanftse 修道院から少し歩く。この修道院には驚くほど複雑に組み合わさった多くの木の彫り物がある天国の邸宅や Padmasambhary の天国をあらわした彫刻がある。(the Lotus Born guru、または Guru Rinpoche として知られている - 高貴なguru 、その伝説的人物はチべットとヒマラヤ地方全域で8世紀に仏教を説いた。)このたぐい稀な彫刻は Pemayangtse の亡きラマの心霊的預言をあらわしている。Pemayangtse に近付くに連れ、木に吊るされた看板におどろおどろしいGaruda がそのくちばしと鍵爪でへびを抱え込んでいる姿が描かれていて、訪問者がたばこ製品の使用、携帯して修道院の敷地内に入る事を厳重に禁止している事を知らせている。全ての訪問者が禁止令を尊重することを願う。
宿:
Pelling では Garuda Hotel に120ルピーで泊まった。
Darjeering への交通:
翌日Darjeering へと移動を続ける(バスで Jprethangへ、あとはジープで Darjeering まで)。

Darjeering
宿:
Darjeering では数日間滞在、Tower View Hotel の別館で、僕の部屋は80ルピー。Tower View Hotel のレストランでChocolate pudding with fire なるものをたのんでみた。- Lonely Planet にでていたのだが、これがいったい何なのかまで言っていなかったのだ。 - 少量のブランデーをたらしたプディングで子供達がしきりにろうそくの火をうつすのだ。
Bodh Gaya への交通:
Darjeering からバスでBodh Gaya までわざわざ戻った(最初はSiliguri まで数時間、別のバスでそこから予定では17時間のはずが、着いてみれば23時間たっていた)。5日間のダライ=ラマの教授に参加するためだ。
Budh Gaya の宿:
今回は名もない単なるゲストハウスに泊まった。町の一角にあるまさにインドの村にあった。(村は Parchatti とかなんとかという)このような村に滞在すると朝に目にする光景というものは、想像通りマジに伝統的な村の生活だ。(もしくはBandit Queen の映画で見たようなのをBihar のこの土地に置き換えたようだ)
Varansi への交通:
次は鉄道で Varanasi へ行った。

Varansi
宿:
Varanasi に着くと、とにかく駅に近いところを見付けたくて、Hotel Buddha に落ち着いた。225ルピーで、この時点ではインドで一番高く着いた部屋だった。しかしそのおかげでお湯の出るシャワーやCNN 、他にも色々つきの広ーい部屋に泊まることができた。
Bombay への交通:
Varanasi に滞在すること数日後、27時間のBombay への鉄道の旅につく。

Bombay
宿:

Bombay はインド中で一番宿の料金が高く、町で一番手ごろな予算選択は the Salvation Army Hotel だ(その名とはえらく違って悪くない)。しかし、初日は the Salvation Army は満室で500ルピーを支払って他の宿をみつけなくてはならなかった。(この場合は本当に満室で、ネパールからの団体が入っていたが、たびたび他のホテルから雇われた客引きが 実際the Army Salvation の真ん前で待っていて、近付いて来る客に、本当は満室ではないので満室だと教え、他のホテルへと引っ張っていくのだ!!)なので、翌日はthe Salvation Army に泊まることが出来た- 大部屋は100ルピーで朝食つきだ。全般的にみてもマトモなところで、世界中から来ているおもしろい人々に会った。
レストラン:
Bombay の食事はインドじゅうでは一番よかった。LPで紹介されている2,3の旅行編施設は別としても、そこらじゅうにたくさんのマトモなレストランがある。インドのどこにくらべても高くないし、質は断然に勝っている。地元の名物「chikku」、「sitafal」など、試してみよう。ほかにはGinger Lemon。インドやネパールの比較的寒い気候の場所ではお茶のようにあったかくして出されるが、ここ南部では冷たい飲み物として出され、非常に爽やかだ。

India からのフライト:
Bombay で正月を過ごし(まあまあ楽しかった)、India を去る時が来たと思い、Calcuttta へ戻って割安チケットを手に入れるよりもBombay からBankok へ飛ぶことを選んだ(300ドル/12,000ルピーかそこら)。Lanka 航空で Colombo 、Sri Lanka でのストップオーバー、Colomboでの2泊の宿、食事が含まれている。
つづく・・・。


Email #3, Gantok, Indiaから, 12月,1998

Nepal: Kathmandu
1週間に満たないここでの短い滞在だったので、主に訪れたのは以前訪れた時からの友人たちのところだ。それでもいくつか Kathmandu に関する情報があるので旅行者の助けにはなれると思う。
旅行情報:
Thamel のNarghila Restaurant はイスラエル料理の専門店で、そこに旅行者の意見交換ノートが置いてある。これから行きたいと思っている土地について使えそうなアドバイスやいかにもLonely Planet っぽいパロディなんかもある- まちがいなく、僕と同じくこのトラベルガイドを毛嫌いする誰かによってかかれたものだ。
インターネットカフェ:
多分インターネットをするには一番いい所もKTMで見付けた。- EasyLlink Cyber Cafe - Thamel に入って一つめか2つめの角を右折・・・
レストラン −[Love Hotel style]には「Cabin System」という看板があって、日本で言うところの「ラブホテル」のネパール版。こういうところで若いカップルがカーテンで仕切られた個室で、プライバシーをたのしむのだ。ウエイターはブザーで呼び出された時しか来ない。もちろん料理や飲み物の価格は高いが、これはプライバシーと自由に対する料金で、このたぐいの世界では不可欠なものだ。
KAkarbhitta への交通 -
インドの東の国境:Kathmandu から東の国境に向けてバスの長旅をした - Siliguri のインド人街から Kakarvitta へ(340NRs. およそ15時間)、次の行き先はSikkim の Gangkok。

India: Sikkim
Sikkim Permit :
Siliguri のSNT 事務所で Sikkim の許可証を10時の開始と共に手に入れるために待った。11時にのバスに乗れると思ったのだ。しかし、たった一人しか許可を出せる係官がおらず、おまけに彼女は12:30まで来なかった。(カゼをひいて休もうかと思ったと言っていたが、思い直してくれて助かった) で、Gangtok へはジープを使った(Rs80 4時間)
ここからの続きは次のメールでのお楽しみ。


E-mail #2- Kathmandu, 1998年12月3日

11月22日
Bankok - Calcutta間のフライト:

BankokからCalcuttaに飛んだ。ブータンの国営航空の Druk 航空は今ままで見た中で一番小さいジェット飛行機だ。Calcutta上空でサイクロンに捕まり、少々悪気流の飛行となった。

Calcuttaの印象:多分嵐のせいだろう。浸水した通りには人がまばらだったため、カルカッタの第一印象は実際とても静かで落ち着いた、というものだった。ホテルMaria で125ルピーの部屋をとった。ホテル Maria の外に屋台が出ていた。そこに"Tirupati Cafe" と書いてあり、本当に美味しい韓国風の料理を出していた。自家製キムチまであったぞ!次の日、歩いて鉄道の予約事務所まで行った。鉄道事務所は Dalhousie 広場の近くなので、この目印を見付けて、周りで尋ねればそんなに苦労せずに見付かる。(ヒントをもうひとつ。ANZ 銀行の向い側。)

11月24日
Calcuttaを発つ前に Eden Gardens というところを見に行った。 1850年代にイギリスがビルマから船で輸送したパゴダを置いた場所だ。夜行列車でCalcuttaからGayaへ・・・真夜中に列車がかなり長い間停まっていることに気付いた。他の乗客に何があったのか尋ねると、その一人が教えてくれた。何人かの強盗が一等客車に押し入り、誰かがそのどさくさでさされたようだ。負傷者は病院へ運ばれ、警察が聞き取り調書をとっているのでこの駅(Bardawan ?)で3時間も足留めされていたのだ。教えてくれた男性はこんな事件はBihar ( 僕の向かっている地域)では珍しくないが Bengal で起こったなんて今まで聞いたことがないと言った。悲しそうで、同郷の者を憂えているようだった。

11月25日
Gaya:Gaya に着いて、プラットフォームを見回すとずぐに旧友が目に入った。彼とは、薄気味悪いことにいつも同じ所で列車を降りるのだ。もう15年列車でインドを旅しているというので彼に運転手との交渉を任せて Gaya から Bodh Gaya への車を共にした。 - ここは釈迦が2500年前に菩提樹の木の下で悟りを開いたというところ。(Gaya から Bodh Gaya への正確な料金は60-80ルピー。) Bodh Gaya ではBurmese Vihar に泊まった。Burmese Vihar の向いにはいくつかのテント食堂があった。Pole Pole という店が流行っているので、隣の食堂もまねをしてPole Pole だって!向かって右側の Pole Pole は夜にマイルス デーヴィスやジョン コルトレーンのテープを流して僕を引き込んだ。ある夜、注文した料理を待つ間、火葬が行われているのを見学しようと外へ出た。死者の親族の邪魔をしないように静かに近付いたが、気にしていないようだった。
Bodh Gaya での数日を過ごした後、チベット人のラマ僧たちに1日加わって近所の数カ所の巡礼地を巡った。- Rajgir 、the Valture Peak 山、Nalanda (古代の大規模な仏教大学で、12世紀に回教徒侵略者によってを破壊された。図書館は6ヶ月も燃え続けたと伝えられている。19世紀に英国人探検家によって廃虚が発見されたが、全体 7x13km の内1平方キロが発掘されたのみだった。)

越境 - Nepalへ :
さて、11月29日にバスで Nepal まで Patna の側道を移動した。国境(Raxaul / Birganji) に業務終了約15分後に到着したため、ネパール人の係官は5ドルの賄賂を要求した。Lonely Planet にあったが、この典型的な国境の街は「見る所なし」で、この時だけは係官の言う事を聞いてバクシーシュ(チップ)を渡し、 Kathmandu への最終バスに乗った。バスではドライバーキャビンの一番前の席に座った。Kathmandu に近付くにつれて広大な景色に目がさめた。つづく...


E-mail #1 - バンコック Thailand, 1998年11月30日

Bankok:11月9日到着

宿:Khaosan Rd. のいくつかのゲストハウスに泊まった。
Siam Oriental - 350B エアコン、(取り付け/共同???)バス付き
CH1 Guesthouse - 120B 扇風機付き部屋

Cambodia への交通:Khaosan Rd. で280B払って Cambodia 国境へのバスに乗る。後でうそだとわかったのだが、Cambodia では5日の滞在ならビザは必要ないと教えられた。
11月11日- 早朝 Khaosan Rd. からシャトルバンで Aryanaprathet へ向かうバスのターミナルまで行った。バス駅で調べた結果、 Aryanaprathet へのバス代は140Bだとわかった。Khaosan Rd.(Banglamphu) から3番市バスがこのバスターミナルに入っていて、3,5Bかかる。しかるに、いつものように自分でなんとかすれば少しは節約できる。

Aryanaprathet への4時間のバスの旅の後、そこから40Bで国境までtuk-tuk を使う。検問所でタイ入国係官が僕のパスポートに目を通して言うには、カンボジアのビザなしでは行けないし、さらにこの国境では今もっているビザも使えない! なので、くるっと回ってBankok へひきかえさなくてはならなかった。

教訓 - 越境を試みるまえにカンボジアビザはとっておこう!

カンボジアビザ:余分な手数料を Khaosan Rd. のトラベルエージェントに支払うのをさけるために自分のビザは自分で直接バンコックのカンボジア領事館へ行って取ろう。(Banglamphu から15番バス)

Phnom Penh へのフライト:はてさて、ここでは Phnom Penh に入るだけにした。片道で3500B(3000でバンコック航空があったが、これはその日にフライトがなく1日待たなくてはならなかった)

Cambodia
11月13日、Cambodia に飛ぶ。Pochentong 空港に到着し、空港タクシーを他の4人と共にし、7ドルでCapital Hotel に向かった。(シングルルーム3ドル/バスルーム付きは4ドル)後に、元"Bert's Books" Guesthouse に泊まった。今は名前を変えて Pyco GH という。5ドルで扇風機、バス付き、Tonle Sap 川 の眺めよし

Phnomh Penh のMoto ドライバー: 町の、ある上級ホテルには個人経営の運転手を雇わすまいと、ある看板が出ている。おそらく運転手たちは英語を話さない、何とかかんとか、と書いてあるが、僕が会った殆どの運転手は英語を話した。そればかりか、その多くが日本語にも長けている。特に Capital のようなゲストハウスの辺りは 日本人に好まれている。運転手を選ぶ時は、目をしっかりと見つめて直感を信じよう。本当に良い運転手を得られて幸運だった。Phnomh Penh の滞在はほとんど安心できた。僕が運転手の日本語教室に興味を示したので、ある夜連れて行ってくれると約束した。カンボジアで日本語教室を見学するなんてほんとにおもしろかった。

Seim Reap
Seim Reap 行きの船(25.5ドル 5時間)Seim Reap では Apsara GH に泊まった。(扇風機付きで3ドル)

Thailand への越境:Seim Reap から再びThailand へと戻った。約12ドルで車の前席に乗り国境へ。国境への道路はだれもが言うように悪烈だが、そんなにたいした事ではない。

India へのフライト:Bankok へ戻って、Calcutta への片道切符を4100Bで買った。
11月22日(日)- Calcutta へ飛ぶ。(続く・・・)      


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