ベトナムふれあいの旅

BY 菊正敏

目録

97年夏物語

98年冬物語

1. はじめに
この旅行記は1997年7月27日〜8月7日と98年1月4日〜12日の2度、ベトナムの中部フエ周辺を旅してきた時の記録である。私がベトナムを訪れたのは1996年の夏、ホーチミンやメコン川デルタを中心に回ったのが初めてだった。そしてその魅力にはまってしまい、その年の冬休みには北部ハノイを中心に旅をしてきた。結局4度のベトナムの旅になってしまった。人はよく「なんでそんなにベトナムに行くの?」とか「ベトナムに行けばなんかいいことあるのかい?」と聞いてくる。私は返答に因る。「...なんでかな?でも何かまた行きたくなるんだなあ...」。
この旅日記は、2度のベトナム中部の旅で見たり感じたりしてきたベトナム中部の人々の生活の様子、色々な人との出会いをまとめたものである。

2.ベトナムという国
インドシナ半島の東部一帯を占めるベトナム国土面積は33.2万平方キロで、南部は熱帯気候(Aw)、北部は亜熱帯気候(Cw)に属する南北約1650キロの細長い国である。フランス統治時代に北部、中部、南部と三つに区分したが、いまだその名残があり、民俗性などに特徴が出ている。北部には首都ハノイが位置し、ホン(ソンコイ)川がデルタを作り(トン・キン・デルタ)、気候的には温帯モンスーンの影響を受け、7〜9月は雨量も多いが気温も高く蒸し暑い。逆に1〜3月は肌寒く、10〜11月は日本の秋に似て過ごしやすい。中部には世界遺産に登録された古都フエが位置し、アンナン山脈が南北に走るため気候も変わりやすい。雨期は8月〜1月で、1月は上着が必要なほど肌寒く、8月は猛暑が襲ってくる。中南部山岳地帯にはコーヒー、茶、天然ゴムも栽培されている。南部は巨大商業都市ホーチミン(旧サイゴン)が位置している。大河メコンが流れ、半島最大の肥沃なデルタを形成している。南部は熱帯モンスーンの影響を受け年間平均気温26度、5〜10月が雨期、11〜3月が乾期とはっきりしている。この気侯に恵まれた肥沃なデルタ地帯では米が年に2〜3回収穫できる。食材の大変豊かな国でもある。
その歴史を見てみると、古くは紀元前3世紀の秦の始皇帝から、漢、宋、唐、元、明時代と、長い間中国の支配下にあり、現在でも中国文化の影響が強い。19世紀中頃からはフランスの植民地、1940年からは日本の侵略を受けたが1945年独立した。しかし1946年から再びフランスが介入、第一次インドシナ戦争が始まった。1954年、激戦で名高いディエンビエンフーの戦いで、フランスは劣性になり植民地支配から手を引くが、ジユネーブ会議でベトナムは南北に分裂した。その後イデオロギーをめぐって、今度はアメリカがベトナム介入し、長い長い戦争に突入した。1965年のアメリカの北爆以来激しい戦いが続き、75年4月にとうとうサイゴンは陥落、アメリカは撤退した。南北の統一を果たしたベトナムは社会主義国家となった。
産業発展は、86年のドイモイ(刷新)政策で市場経済原理を取り入れ、91年中国との国交正常化以降は西側諸国とも交流を深め、目覚ましい経済成長を遂げている国でもある。
日本との時差は2時間。通貨は「ドン」という呼称で紙幣にはすべてホーチミンの肖像
が印刷されている。現在(98年2月)はアジアの経済危機もあり、97年には1ドル約11,000ドンだったのが13,000ドンとドン安となっている。民族は人口の約90%が金族(いわゆるベトナム人)で、残り10%をなんと53の少数民族で占めている。宗教は仏教(大乗仏教)が中心だが、他にキリスト教やイスラム教、新興宗教カオダイ教などが存在する。かつて漢字を利用したチユノム文字は一般人には普及しずらかったため、アルファベットをもとにつくったクオツク・グーという文字が19世紀から庶民の間に広まった。


日本語トップ | ベトナムTOP | ベトナム国情報 | BBS | Hot Info | 記憶 | ギャラリー | Index | リンク | 募集 | メール